対人関係に疲れたら読んでほしい本【嫌われる勇気】&【幸せになる勇気】

本紹介

アドラー心理学の教科書とも言えるこの2冊。

嫌われる勇気】【幸せになる勇気】の紹介をしていきたいと思います。

アドラー心理学に脅威がある人はもちろん、対人関係に疲れたら読んでほしい本です。

心理学の本なので少し難しい部分もありますが、理解できれば非常にタメになると思います。

一つの考え方として知っておくと、便利に利用できるかもしれません。

どちらかだけでも十分ですが、2冊続けて読めば理解が深まります。

この記事では、私個人が気になった部分を一部抜粋して書いています。

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嫌われる勇気(自己啓発の源流「アドラー」の教え)

アドラー心理学を熟知している「哲人」と人生に悩む「青年」の対話方式で物語が進んでいきます。

悩み多き青年が哲学者のもとを訪ね、そこから「アドラー心理学」についての問答が始まります。

青年が、第一夜〜第五夜まで、五回にわたって哲人の元を訪れていくストーリー展開です。

どんなやりとりが待っているのでしょうか。

一夜から順に見ていきたいと思います。

第一夜 トラウマを否定する

トラウマは、存在しない

アドラー心理学では、「原因論」ではなく「目的論」。

たとえば、あなたが風邪で高熱を出して医者に診てもらったとします。そして医者が「あなたが風邪をひいたのは、昨日薄着をして出かけたからです」と、風邪をひいた原因を教えてくれたとしましょう。さて、これであなたは満足できますか?

嫌われる勇気 P28より

どういう事か説明すると、「原因を考えるのではなく、これからどうしたらいいかを考える」ということです。

上記の場合で言えば、

原因論=昨日薄着をして出かけたから風邪をひいてしまった。

目的論=風邪をひいてしまったので、治すために薬を飲んで睡眠をとる

この「目的論」の部分が、基本的な考え方です。

過去に支配されない生き方をするにはどうしたらいいかを考えます。

内容全てに納得できない青年は、今回はここで退散しまた来週訪れることを告げ一度帰るのでした。

第二夜 すべての悩みは対人関係

すべての悩みは、「対人関係の悩み」である。

対人関係のなかで傷つかないなど、基本的にあり得ません。対人関係に踏み出せば大なり小なり傷つくものだし、あなたも他の誰かを傷つけている。アドラーはいいます。「悩みを消し去るには、宇宙の中にただひとりで生きるしかない」のだと。しかし、そんなことはできないのです。

嫌われる勇気 P69より

人は、他人に嫌われることを恐れるもの。

もし、この世に自分1人しか存在しなければ、対人関係は無くなります。

そうなれば、悩みは無くなってしまうというものです。

夜も遅くなったので、哲人は彼を気づかい、今回は終わりにすることを提案し、青年は一度帰っていくのでした。

第三夜 他者の課題を切り捨てる

承認欲求を否定する。

「他者から承認される必要はない。むしろ、承認を求めてはいけない。」

他者から承認されるためには、他者の期待を満たす行動をとる必要があり、他者の期待を満たすために生きるということは、他者の人生を生きるということになってしまう。

つまり、我々は他者の期待を満たすために生きているのではないので、他者の期待を満たす必要はないということです。

その中での考え方が、「課題の分離」です。

課題の分離とは、「これは誰の課題なのか」という視点から、自分と他者の課題を分離して考えることです。

そして、他者の課題には踏み込まない。

ある国のことわざに「馬を水辺に連れて行くことができても、水を飲ませることはできない」というのがあるそうです。

馬を水辺に連れて行く=「援助」することは必要。

水を飲ませることはできない=最終的な行動は、その人の意思によるもの。ここには踏み込まない

水を飲むかどうかは他者の問題なので、他者の課題は切り捨てる。

よって、承認欲求を満たす行為は、他人の課題に踏み込んでいるので、他者にどう思われるかよりも、自分がどうであるかを貫くように考えていきます。

この「課題の分離」は対人関係のスタートになります。

課題の分離、そして自由についてもう一度自宅でじっくり考えるよう哲人にうながされた青年は、次回も訪れることを約束し、帰路に着きます。

第四夜 世界の中心はどこにあるか

対人関係のゴールは「共同体感覚

すべての悩みは対人関係にあるということは、逆に幸福の源泉も対人関係にあると言えます。

他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを、「共同体感覚」といいます。

そして、「共同体感覚」とは、幸福なる対人関係のあり方を考える、もっとも重要な指標です。

共同体感覚を考える上で、「自己への執着」を「他者への関心」に切り替えることが必要になります。

そして、共同体の中で「私はこの人に何を与えられるか?」を考え、共同体へコミットして所属感を得る。

所属感とは、生まれながらに与えられるものではなく、自らの手で獲得していくもの。

「課題の分離」したうえで、「他者への関心」を持つことが必要です。

今回の議論は考えることが多いので、一度一人で考える時間が欲しいと哲人に告げ、青年は帰って行くのでした。

第五夜 「いま、ここ」を真剣に生きる

共同体感覚」を持てるようになる、三つの要素。

自己受容」と「他者信頼」、そして「他者貢献」。

今回はたまたま60点しか取れなかったが、実際の自分は100点なんだと考える「自己肯定とは違い」、その60点の自分を素直に受け入れることを「自己受容」という。

「信用」と「信頼」の違いは、簡単にいうと、「信用」には担保があり、「信頼」には担保がないということ、担保なしで他人を信頼することを「他者信頼」という。

「変えられるもの」と「変えられないもの」を見極める力でもあります。

「わたし」を捨てて誰かに尽くすことではなく、わたしの価値を実感するためになされることを、「他者貢献」という。

この三つの考え方の他にも、「普通であることの勇気」や「人生とは連続する刹那」など、最終章に相応しく、多くの議論を重ねていきます。

物語はここで終了します。そして青年が出した答えとは・・・。

幸せになる勇気(自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ)

嫌われる勇気】の続編です。

続編を出すのは無理ではないかと思っていましたが、やってくれました。

前作を越える内容になっています。

嫌われる勇気の3年後の物語で、今回も「哲人」と「青年」の対話方式で書かれています。

青年は、新たに教師という職業につき、自分の教室内でアドラー心理学を実践した。

しかし、教室内はよくなるどころか酷い有様になってしまい、アドラー心理学を捨てるかどうか悩み、再び哲人の部屋を訪れたのでした。

第一部 悪いあの人 かわいそうなわたし

教育が目標とするところ、一言でいうとそれは「自立」。

そして、教育とは、「介入」ではなく、自立に向けた「援助」である。

強制的に何かをやらせる「介入」か、自立を促す「援助」に踏みとどまるのか、教える側の姿勢にかかっている。

課題の分離」を考えるとき、この「介入」を行ってはいけない。

人は、カウンセリングを行うときや、人に相談する場合に「悪いあの人」を非難するか、「かわいそうなわたし」をアピールするか、結局この二つしか語らない。

アドラー心理学では、この二つを考えることに意味はない。

必要なのは「これからどうするか」なのです。

「原因論」で語るのではなく「目的論」で語られていますね。

第二部 なぜ「賞罰」を否定するのか

叱ってはいけない、ほめてもいけない。

子どもがなにかよくないことをした。危険なこと、他者に危害を加えるようなこと、あるいは犯罪に近いようなことをしてしまった。いったいなぜ、そんなことをしたのか?このとき、ひとつ考えられるのは「それがよくないことだと知らなかった」という可能性です。

幸せになる勇気 P85より

ことの重大さにもよりますが、「知らない」ということの事実を持って厳しく責めるのは、理にかなっていないので、この場合の対応は、まず「教える」ということになります。

知らないのに怒られてしまう。これでは理不尽を感じます。

第三部 競争原理から協力原理へ

褒めてのばすを否定せよ。

褒めることは、「能力のある人が、能力のない人に下す評価」であり、その目的は「操作」である。故に褒めてはならない。

賞賛が競争を生む。

競争相手とは、すなわち「敵」です。程なく子どもたちは、「他者はすべて敵なのだ」「人々は私を陥れようとする機会を窺う、油断ならない存在なのだ」というライフスタイルを身につけていくでしょう。

幸せになる勇気 P137より

ライバルと呼ぶべき盟友の価値は認めるが、しかし、そのライバルと競争する必要はひとつもないし、競争してはいけない。

組織は、賞罰も競争もない、本当の民主主義が貫かれなければならない。

そこを突きつけていくと「横の関係」に行き着きます。

第四部 与えよ さらば与えられん

すべての喜びもまた、対人関係の喜びである。

「すべての悩みは対人関係にある」と考えるアドラー心理学。

この言葉の背後には、「すべての喜びもまた、対人関係の喜びである」という幸福の定義が隠されています。

「嫌われる勇気」でも、このフレーズは出てきましたが、今回は少し深く語られています。

今回は、「交友」を例に挙げています。

「我々は交友において、他者の目で見て、他者の耳で聞き、他者の心で感じることを学ぶ」のだと。

与えよ、さらば与えられん。

与えるからこそ、与えられる。「与えてもらうこと」を待ってはいけない。

ギブ&キブの精神ですね。

第五部 愛する人生を選べ

自立とは、「わたし」からの脱却である。

すべての人間は、生まれてすぐに親を独占してすべての面倒をみてもらえる。そうでなくては生きていけない。これは「自己中心性」である。

しかし、大きくなるにつれて自分は世界の一部だと了解しなければならない。

自立とは、「自己中心性からの脱却」である。

甘やかされた、子ども時代のライフスタイルから脱却しなければならない。

愛されることから愛することへ、ライフスタイルを徐々にシフトチェンジする必要があるということです。

アドラー心理学を捨てるか悩んでいた青年は、最後にどういう結論を出し、どうやって「これからどうするか」を考えるのでしょうか。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

理解できると、納得する部分が多いアドラー心理学」。

当然ですが、読む人によって受け取り方は異なると思います。

繰り返しになりますが、私個人の気になるところだけを一部抜粋しているだけなので、実際の本にはもっと多くの考え方が、深く語られています。

気になったところがあれば、自分に落とし込んで実践してみると役に立つかもしれません。

ちなみに、私が一番参考にしたい部分は「課題の分離です」。

「他人の行動や考え方は、その人にしか変えることはできない」と言われると、その通りだと思います。

この考え方が全てではありませんが、こういう考え方もあるんだと、知っておくだけでも意味はあるのかなと思います

この記事を読んで、実際に本を読んでもらえたら嬉しく思います。

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

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